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ハチャトゥリアン像

ハチャトゥリアン像

モスクワ、ブリューソフ通り。作曲家同盟の建物の前にある、ハチャトゥリアン像。
(撮影:三浦)
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交響曲第2番のスコア、ちょっとした蘊蓄

(2017/02/03 加筆)
こんにちは、「オルケーストル・ウリープカ」指揮者の三浦です。
 
 今回は、すこしややこしい、ラフマニノフ交響曲第2番(以後ラフ2)の印刷譜の歴史についてお話しします。ややこしいお話ですが、少しおつきあいください。

 まず最初に、ラフマニノフの自筆スコアは現存していませんでした。革命の時かいつかはわかりませんが、散逸していまいました。
…ところが。
2004年、個人コレクションの中から発見され、現在は大英図書館に保存されています。 
 
 ここからの話は、この曲が自筆スコアを欠いていた20世紀に、世界はどのようにしてこの曲を読んだのか、というお話です。まず、この作品の楽譜資料として、どのようなものが残されていたのか、「音楽文献学的」な見地から一つずつ見ていきましょう。  

 初版スコアは1908年に当時のグートヘイリ=ブライトコプフ社から出されたもので、
これには初演当時にラフマニノフが行ったカットや音・アーティキュレーションの改訂は反映されていません。
そしてこのグートヘイリ版をリプリントしたものが、現在のカルマス版スコアです。… ①
 

 一方、「ラフマニノフが初演時に書き込みやカット、アーティキュレーションや音の変更をしたスコア」は、ロシアの音楽博物館に今も保存されていて、革命前後を通してずっとロシアにあります。 … ②
 

 さらに、ラフマニノフ自身が「所有」していたラフ2のスコア(自筆譜ではなく印刷譜。= グートヘイリ社版スコアにラフマニノフ自身が初演後何度も演奏を重ねるうちにたくさん書き込みやカットを施したもの)は、ロシア革命の際にラフマニノフが亡命したことにより、今はアメリカ・ワシントンDCの議会図書館にあります。… ③ 

 第二次大戦後、ラフ2の曲が西側世界で演奏されるようになったとき、西側の名だたる指揮者たちは、「③のスコアにしたがってすでにカットされた」スコアで演奏しました。(彼らはソ連にある②を見ることはできなかったし存在を知らなかった)。  ところが、指揮者アンドレ・プレヴィンがソ連公演でラフ2を(カット版と知らず)演奏したときに、ソ連の指揮者エフゲニー・ムラヴィンスキーから、

 
「そのラフ2、カットしすぎだ。ラフ2は作曲者が書いたとおりなら、こんなに長いんだぜ。
君が持ってる、その西側にあるスコアは、ラフマニノフが当時コンサートプロデューサーから言われて泣く泣くいろいろカットした、そういうスコアなんだよ。」
(創作)
 …と言われて、「見たこともないラフ2の、超長いスコア」を見せられました。 … ④ 

 この④こそ、1960年にソ連の音楽学者キルコルが発表した、「ワシントンにある③以外の」すべての資料を使って批判校訂を行った、ラフ2新校訂版でした。そして、これが今IMSLPにある「ソ連版スコア」(キルコル版)です。
この1960年キルコル版スコアのリプリントが、現行のブージー&ホークス版です。

一方、IMSLPにある「カルマスと譜面内容が同じスコア」は、先述の①、つまり、グートヘイリ社版(=現カルマス版)です。ですから、IMSLPにあるスコアのうち、より多くラフマニノフの意思が含まれているのは、もうひとつの④のキルコル版(=現行ブージー版)ということになります。 

 ところが、冒頭で述べたとおり、2004年に個人コレクションから、この作品の自筆譜が発見されました。それから12年が経ちますが、まだ自筆譜に基づく批判校訂版は出てきていません。

 実は今(というより2000年ごろから)、ベーレンライター社の「ラフマニノフ新全集」企画というものが進行しています。「進行」しているはずなのですが、ピアノ曲の《音の絵》が2005年、《24の前奏曲》が2006年、そして「前奏曲集」が2012年に出版と、まったく遅々として進んでいません。現在《ピアノ協奏曲第2番》の批判校訂版制作が進行中とのことですが、果たして、この2004年に発見された自筆譜に基づく批判校訂版《交響曲第2番》は、いつになったら陽の目を見るのでしょうね…。ましてマイナーなオペラ作品などに至っては、このペースでは数百年先になりかねない状況です。

 歴史に翻弄され、激動のロシアの時代をくぐり抜けた《交響曲第2番》の楽譜資料たち。
その過酷な状況下でも存在を忘れられることなく生き残り、自筆譜を欠いた中でも、存在する資料をもとに校訂され、演奏され、またレパートリーとして定着したということが、まさにこの作品が名曲である証とも言えるでしょう。 

  今回の「オルケーストル・ウリープカ」の演奏は、音楽文献学的見地から、④の「ソ連版スコア」を使用します。作曲家の望んだ形で、またよりその魅力を引き立てる演奏になるよう努力して参ります。どうぞお楽しみくださいませ。

 文:三浦領哉
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